知っていますか
麦 秋 の 侯
…消えつつある初夏の風景をおって
 梅雨入り宣言も発表され,春から夏へと季節が移り変わって行くこの時期を表す言葉に「麦秋:ばくしゅう」がある。君達の大部分は,パンや小麦粉を良く利用したり,ビールやウイスキーがムギを原料にして作られていることは知っていても,実際の麦は見たことがないと思う。そんな君達にとって,初夏の季節から麦の秋のイメージを思い浮かべるのはかなり難しい。麦はどのような作物なのだろうか,そして,なぜこの季節を「麦秋」などと呼ぶのだろうか。麦と「麦秋」のルーツを調べてみた。
 麦はイネ科の穀類で,コムギ,オオムギ,ライムギ,エンバク(オートムギ)などの種類があり,現在世界の主要穀類や飼料用の作物として広範囲の地域で栽培されているが,ムギ類の栽培は,西南アジアからエジプトにかけての地域で始められたと考えられている。ムギ類の中でも,パンなどの原料として重要なパンコムギ(n=21:21対の染色体を持っている)は木原均博士によって,そのルーッが明らかにされたことでも良く知られている。
 ムギ類のうち,コムギとオオムギはかなり古い時代に中国から日本に渡ってきたらしく,奈良・平安時代には,不作の際の備えとしてアワなどと共に畑作を奨励した記録が残っている。一般にムギ類はやや冷涼な気候を好むため,日本の多くの地域では,畑作ないしは水田の裏作物として秋から初夏にかけて栽培されている。稲の刈り入れが終わった10月下旬から11月にかけてまかれた種は厳冬期に芽を出し,数pに伸びた緑の葉が,厳しい寒さに耐えて春の訪れを待つ。かつては,芽吹いたムギが必要以上に伸長するのを防ぐ事と,霜柱によって倒されてしまう事を防ぐために,空っ風の吹きまくるなか,小さい子供達までも一緒になって伸び始めたムギを足で踏む「麦踏み」の風景が冬の風物詩の一つだった。僕自身もかって両手をズボンのポケットに入れ,寒さに頬を赤くしながら家の裏の畑の麦を踏み付けた思い出がある。やがて春の訪れとともにムギは茎を伸ばし,葉をいっぱいにひろげる。4月下旬から5月にかけて伸びた青い穂は,6月になると黄金色に色付いて風にゆれ,あたかも秋の水田のような光景が目の前にひろがる。そんなところから,麦の秋:麦秋と言う言葉が生れてきた。
 山梨県内での麦の作付け面積と収穫量は昭和30年代を境にして激減し,中でも水田の裏作として栽培している場所は極めて少なくなってしまった。しかし,学校周辺でも良く探してみると,まだあちこちで「麦秋」を見つけ出す事が出来る。…少しずつ姿を消しつつある「麦秋」…初夏の訪れを告げるこの言葉が死語になってしまわないことを願いたい。
↑山梨県内での麦の作付面積&収穫量の変化 …山梨県農務部資料より作成
ネ ジ バ ナ
 正面ロータリーの芝生の中で薄紫色の小さな花をつけ,独特な姿をしているこの草を何株もみつけた。別名「モジズリ」とも言い,花のついている穂(花穂)は左巻きのラセン状に巻くが,中には右に巻いているものもある。
 植物の中で最も進化したランのグループには,非常に独特の美しい花をつけるものが多く愛好者も多いが,ネジバナはそんなランの中では雑草的な存在で,家の周りの芝生の中にも数多く生えている。

(捩花) Spiranthes sinensis  [らん科]
西高周辺にもまだ麦畑が残っていた  (甲府市貢川にて)
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