ピンクのジュウタン「桃源郷」
    桃太郎の生まれた桃は
                        …山梨の桃のルーツを探る

 川に洗濯をしに行ったお婆さんが拾ってきた「大きなモモ」を割ってみると,中から元気な男の赤ちゃんが飛び出してくるという桃太郎のお話しは,君も幼い頃に一度は聞いたことがあるだろう。ところで,この話に出てくる「モモ」はどのくらいの大きさだったのだろうか,中から子供が出てくるのだから,少なくてもビーチボールくらいはありそうだ。子供の絵本には,そのくらいの大きさの桃の絵が書かれている。
 でも,こんなに大きな桃が実在するのだろうか。現在,生産量日本一を誇っている桃産地の甲府盆地をくまなく探してみても.そんなに大きい桃は見当たらない。もしかしたら,この話が成立した頃には、大きい桃があったのかもしれない。桃太郎の桃の秘密を探りながら,春先,盆地の周辺を鮮やかなピンクの花で覆いつくす山梨の桃のルーツをも調べてみた。

 桃はバラ科サクラ属の植物。中国奥地が原産で,ここから四方に広がり,日本にはイネと同時期に伝えられ,奈良時代には広く栽培されたらしく,万葉集の歌にも登場している。この時期に伝えられた桃は,花は鑑賞に,果樹は生食に,さらに種子(核仁)は薬品として利用され様々に改良された。
 しかし,日本での桃の改良は,花を楽しむことに力点がおかれ,現在知られているような桃太郎の話が成立したと考えられる江戸時代初期には, 200種類を越す花モモが栽培されていた。一方,果実の改良はあまり行われず,現在のスモモ程度の小さな果実をつけるものしか知られていなかった。桃太郎の話に登場する桃は,桃には邪気を追い払う力があるという古くからの中国の思想の影響を受けて生み出された、創造の産物らしい。桃太郎の話が成立した頃に栽培されていた桃は,小果で甘みもあまり強くないところから,その後,途絶えてしまった。

 現在,山梨で栽培されているさまざまな品種の桃のルーツは,明治時代に新たに中国から導入された上海水蜜桃(すいみつとう)で,この品種をもとにして,岡山県や神奈川県を中心にして品種改良が積極的に行われ,現在見られるような日本の風土に適合したさまざまな品種が生み出されてきた。
 山梨で桃が盛んに栽培されるようになったのは昭和30年代に入ってからで,現在では,岡山や福島を押さえて日本一の生産量を誇るまでになっている。作物の品種改良が急ピッチで進んでいる昨今,ヒョットするとバイオの力を借りて、桃太郎が生まれるような巨大な桃が生み出される日が来るかもしれない。

…なお,本号は山梨園芸高校の亀井忠文先生の多大な協力により作成致しました。
カラスノエンドウ (烏野豌豆)  Vicia sativa [まめ科]
 学校の周辺に数多くある空き地で,赤紫色の小さい花をつけたこの草が大きな群落を作っているのを見つけた。
 同じ仲間のスズメノエンドウより花も葉も大きく,種子の入っている豆果が成熟すると黒くなるところからカラスノエンドウと言う名が付いた。

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